みなさん、おはこんばんちは。怒涛の第24弾です!
今回ご紹介するのは「Bronski Beat」の「Hit That Perfect Beat」。実はこのバンド、次回また別の曲で登場する予定なので、ここでしっかり紹介しておきまふ。😉😉😉
ジャケット(ブロンスキー・ビート/ヒット・ザット・パーフェクト・ビート)
日本版のジャケットを紹介します。海外版のジャケもカタカナ無いだけで同じ感じです。

太鼓叩いてる感じがいいよね。これはこれで、ドットの荒いゲームのキャラ的な感じが時代だね。
アーティスト紹介(ブロンスキー・ビート)
Bronski Beatってどんなバンド?
ブロンスキー・ビートは1983年、ロンドンはブリクストンで結成されたシンセポップ・バンドです。
同じ3LDKのフラットに住んでいた、グラスゴー出身のジミー・ソマーヴィル(ボーカル)とスティーヴ・ブロンスキー(キーボード)、そしてサウスエンド出身のラリー・スタインバチェック(キーボード)の3人がきっかけとなり結成されました。
ブロンスキーは後年のインタビューで結成の経緯をこう語っています。
「ラリーと2人で曲作りをしていたら、ジミーが『Screaming』という曲を口ずさんでいるのを耳にしたんだ。面白半分でその曲に音を付けてみたら、そのまま勢いに乗ってしまってね」だそう。んで、「Screaming」は後にデビューアルバムの収録曲にもなってるよ。
Larry and myself were making music and heard Jimmy singing a song called Screaming. We decided to do the music for the track for fun and it just took off.
The Godfathers of Pop: Steve Bronski interview | Classic Pop Magazine
メンバー全員が公にゲイであることを表明しており、楽曲にもそのメッセージが色濃く反映されているのがこのバンドの最大の特徴です。
デビュー曲「Smalltown Boy」(1984年)は、故郷を追われるゲイの少年を描いた曲で、全英3位のヒットに。続く「Why?」も全英6位、ガーシュウィンのカバー「It Ain’t Necessarily So」もトップ20入りしています。
アルバム「The Age of Consent」(1984年)の内袋には、なんと世界各国の「同性間の性行為に関する同意年齢」が国別に印刷されており、当時イギリスで異性間16歳・同性間21歳だった法律の格差そのものを、ジャケットでメッセージとして突きつけるという徹底ぶり。
アルバムの内袋で法律の話するバンドってなかなかいないよね…メッセージ性つよつよ😳
スティーヴ・ブロンスキーは、後年のインタビューでこう振り返っています。
「そんなつもりは全くなかった。僕らはただ、公然とゲイであることを表明していた3人の男が、自分たちの人生について曲を書いていただけなんだ。それが多くの同じコミュニティの人たちの共感を呼んだのは、本当に驚くべきことだったよ」だそうです。
Not at all, we were just three openly gay men writing songs about our lives. A lot of people in our community just happened to relate to our songs, which was amazing.
The Godfathers of Pop: Steve Bronski interview | Classic Pop Magazine
また1984年末には、炭鉱ストライキを支援する団体「Lesbians and Gays Support the Miners」のためのチャリティ・コンサート「Pits and Perverts」をロンドンのElectric Ballroomで主催。この出来事は後に映画「プライド」(2014年)でも描かれているよ。
ボーカル交代、そして「Hit That Perfect Beat」へ
1985年、バンドはマーク・アーモンドを迎えた「I Feel Love」をヒットさせますが、その直後の同年夏、バンド内の人間関係のもつれからソマーヴィルが脱退。彼はその後ザ・コミュナーズを結成し、活動を続けていくことになります。
残されたブロンスキーとスタインバチェックが後任として選んだのが、以前から親交のあったジョン・フォスター(愛称ジョンジョン)でした。
その加入のきっかけとなったのが、なんと「I Feel Love」がらみのエピソードだったと伝えられています。
あるテレビ番組「Wogan」のカメラリハーサルで、本番直前にソマーヴィルが現れず、代わりにフォスターがマーク・アーモンドと並んで「I Feel Love」を口パクで演じたことがあり、この光景がマネージャーの目に留まったのがきっかけだったのだそうな。
当時は、ソマーヴィルがよりポリティカルな方向性・商業的成功にとらわれない音楽性を志向したことで、バンド内で対立が深まっていたんだそうな。😳
曲の紹介(ブロンスキービート/ヒットザットパーフェクトビート)
で、1985年11月発表の「Hit That Perfect Beat」は、フォスター加入後初のシングルにして、セカンドアルバム「Truthdare Doubledare」(1986年)に収録されてます。
作詞作曲はスティーヴ・ブロンスキー、ジョン・フォスター、ラリー・スタインバチェックの3人によるバンド名義で、プロデュースはアダム・ウィリアムスが手がけてるよ。
売上的には1986年1月、全英チャート3位を記録。オーストラリア、南アフリカ、ヨーロッパ各国でもトップ10入りする大ヒットとなり、イギリスではBPI(英国レコード産業協会)よりシルバーディスク(25万枚出荷)に認定されてる。
プロモーション・ビデオも凝った作りで、新聞広告を見てバンドへの加入オーディションに挑むフォスター本人の姿が描かれており、リヴァプールのクラブ「The State」やスタンリー・ドックでロケが行われたほか、同年公開の映画「Letter to Brezhnev」(舞台も同じくリヴァプール)の場面も挿入されてるよ。
新ボーカル加入を「新聞広告でオーディション」というストーリー仕立てのMVにしちゃうの、なかなか粋な演出だよね。なんとかgotの走り?😌
ちょっと意外なトリビアとして、この曲は1992年公開のメタリカのドキュメンタリー映画「A Year and a Half in the Life of Metallica」のエンドクレジットにも登場します。
ドラマーのラーズ・ウルリッヒとギタリストのカーク・ハメットがこの曲に合わせて踊る映像が使われており、ベーシストのジェイソン・ニューステッドがコミカルに頭を揺らす姿も映っています。
メタリカとブロンスキー・ビートって、地球上で一番遠いジャンルの組み合わせな気がするけど、それが逆に面白い(よね?)🤘🤘🤘(きつねじゃないぉ?)
歌詞について
めっちゃ、のりのりのダンスナンバー「dance, dance on the floor」なのですが、ガチ勢(音楽評論の通説?)としては、深い意味があるそうです。まぁ、当時からゲイを公言していたわけだからね。
“Hit that perfect beat” は、直訳すると「あの完璧なビートを刻め/鳴らせ」なんだけど、ここでは単に心地よい音楽というだけでなく、「自分たちが自分らしくいられる完璧な瞬間や空間」を象徴しているんだそう。
で、“It’s closure time”(閉店の時間だ/閉鎖の時間だ)というフレーズには、もちろん楽しい夜が終わるクラブが閉まる時間、ってのと、社会的な抑圧や偏見を意味してて当時のサッチャー政権下における、LGBTQ+コミュニティに対する社会的な風当たりの強さや、居場所が狭められていく閉塞感を表しているらしい。
“Run away, run away”(逃げ出せ)は、「Smalltown Boy」とも共通するテーマで、理解のない故郷や冷たい社会から逃れるという「抑圧からの脱出」という切実な旅路のニュアンスが含まれているんだとか、かんとか。
結論:そげなこと、知らずに踊るよ、ダンスフロア(詠み人知らず...😝😝😝
では「ブロンスキー・ビート」で「ヒット・ザット・パーフェクト・ビート」です!
ちぇけら!!
さてさてさて、どうでしたか?
ボーカル交代を経てもなお勢いを失わなかったブロンスキー・ビート、次回第25弾では、いよいよお待ちかね?のマーク・アーモンドとの共演の話だよ。
ではまた次回会いましょう。
ばいなら、ばいなら、ばいなら。
歌詞、クレジット
歌詞やクレジットなどに関する情報です。
他にもあったほうがいいなって思う情報があれば随時追加していきます。
歌詞
Bronski Beat – Hit That Perfect Beat | genius.com
クレジット
Hit That Perfect Beat
リリース:1985年11月
作詞作曲:Steve Bronski、John Foster、Larry Steinbachek
プロデュース:Adam Williams
ボーカル:John Foster(Jon Jon)
キーボード/パーカッション:Steve Bronski、Larry Steinbachek

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