洋楽 80’s – Soft Cell / Tainted Love

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みなさん、おはこんばんちは。第23弾です!

今回はエレクトロ・デュオ「Soft Cell」の「Tainted Love」をご紹介します。誰もが一度は耳にしたことがあるであろう(おっさんは、ね?😝😝😝)あの印象的なドラムマシンのイントロの曲です。

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ジャケット(ソフト・セル/テインテッド・ラヴ)

国内版とUK版のジャケットです。海外ではUK版と同じなのがメジャーで多いのかな。ちょっと、見慣れない感があるのですが、まぁ、このイラストもシュールでいい感じです。

てぃーだ

当時思ったのは、、、
マークが懐から出しているのはぁ~、今は懐かしいビ○本だよね?😅😅😅
ってことくらいかな~~🤣

アーティスト紹介(ソフト・セル)

Soft Cellってどんなデュオ?

ソフト・セルは、1978年にリーズ工芸大学(Leeds Polytechnic)で出会ったマーク・アーモンド(ボーカル)とデイヴ・ボール(キーボード)によるエレクトロ・デュオです。

当時アーモンドはパフォーマンス・アートを、ボールは絵画とKorgのシンセサイザーを使った実験的な音作りをしていたそう。

アーモンドは後年のインタビューで、
「シンセサイザーを持っているなんて、当時は珍しくて特別なことだった。だから僕は最初からデイヴに惹かれたんだ」って言ってて(物~~😅😅、

んで、ボールの方も、初対面の印象を
「初めてマークを見たとき、”こいつはスターの器だ”って思ったんだ。見た目も、立ち振る舞いも、マークは間違いなくスターになる人間だった。実際その通りになったわけだけど」だと。

Owning a synthesiser was rare and exotic, so I was drawn to Dave straight away.

When I first saw Marc, I thought, ‘this guy’s just got star quality.’ The way he looked, his demeanour, Marc was obviously going to be a star. And I was right.

Say Hello Wave Goodbye: Soft Cell interview | Classic Pop Magazine

1979年10月、2人はもう1人の学生も加えて正式にソフト・セルを結成。

転機となったのは、地元リーズで開催されたフェスティバル「Futurama」への出演です。
当時17歳のDJ/ライター、スティーヴォが遅れて会場に到着し「何か良い電子音楽のバンドはいなかったか」と観客に尋ねたところ、ソフト・セルの名前が挙がったのだそうだす。

てぃーだ

フェス会場に遅刻して「良いバンドいた?」って聞いて回るの、スカウト方法としてなかなか斬新?😳

ボールの下宿先を訪ねたスティーヴォは、自身の新レーベル「Some Bizzare」のコンピレーション盤に、ソフト・セルの楽曲「The Girl With The Patent Leather Face」を収録。

このコンピにはデペッシュ・モード、ザ・ジー、ブランマンジュといった、後にスターとなる面々も無名時代の楽曲を提供していました(なかなかスゲーなこいつ😮)

このコンピをきっかけに、スティーヴォはPhonogramとのシングル契約を取り付けます。んで、ソフト・セルは1981年発表のデビュー・シングル「Memorabilia」をリリース。

本国イギリスではチャート入りしなかったものの、ニューヨークのクラブでヒットしたことでレコード会社の目に留まりました。

ボールはこの頃の心境をこう語っています。

「ヒットしたときは、完全に呆然としてしまった。僕らは住宅供給公社のみすぼらしいワンルームに住んでいたんだ。それが次の瞬間には、コンコルドに乗ってニューヨークへ飛んでいた」んだと。

てぃーだ

あったよねぇ、コンコルド。
乗ってみたかったね。

When that took off, I was completely bewildered. We were living in a crummy Housing Association bedsit… Then, the next thing, we were flying on Concorde to New York.

Say Hello Wave Goodbye: Soft Cell interview | Classic Pop Magazine

なお、デイヴ・ボールは2025年10月、長い闘病の末に66歳で亡くなりました。

2018年にはロンドンのO2アリーナで解散ライブを行い、その後も交流を続けていたそうで、亡くなる直前まで新作アルバムの制作にも取り組んでいたとのことです。Rip.😢

曲の紹介(ソフト・セル/テインテッド・ラヴ)

「Tainted Love」は、もともと1964年にエド・コブが作詞作曲し、1965年にグロリア・ジョーンズが歌ったシングルのB面曲でした。

当時は無名の曲でしたが、イギリスの「ノーザン・ソウル」クラブシーンで人気を博し、知る人ぞ知る名曲として扱われていました。

この曲をソフト・セルに提案したのは、ノーザン・ソウルのレコードを愛聴していたデイヴ・ボールでした。

2人は原曲を解体し無機質なシンセサイザーとドラムマシンで再構築、ゆったりとしたソウル・バラードだった原曲とは似ても似つかない、今日「決定版」とされるあのエレクトロ・ポップに生まれ変わらせました。

てぃーだ

あの有名なイントロのドラム、原曲には無いってことね。完全にソフト・セルのオリジナル取っても過言ではない…かも😮

1981年7月発表のこのシングルは、同年9月5日に全英シングルチャート1位を獲得し、2週間その座を守りました。1981年の年間売上ナンバーワン・シングルにも輝いていますよ。

さらに驚くべきは米国での記録です。

全米ビルボードHot 100チャートに合計43週にわたりランクインし、当時の「最長チャートイン記録」を樹立しました(それまで記録を保持していたポール・デイヴィス「I Go Crazy」を上回る記録)。

トップ40入りまでに19週を要し、1982年の夏にようやく自己最高位の8位に到達するという、じわじわ長く売れ続けた1曲でした。

プロデュースを手がけたのはマイク・ソーン。当時のTop of the Pops出演時、アーモンドはブレスレットや過剰なアイライナーを注意されると、逆にさらに盛るという徹底ぶりで、ジェンダーの枠を超えたビジュアルは大きな話題となりました。

歌詞について

「ときどき、逃げ出したい気持ちになる。」の流れからの~、「今わかったのさ、逃げなきゃって。」と疑心暗鬼からの決定!(どっかの聖騎士?)に心情が変化しています。きみのことを追いかけていたけど…今は離れなきゃって。

で、できる限りのことはやってきたのに、弄ばれていることに耐えられない。こんなに傷つけられても愛している。

I cannot stand the way you tease
I love you though you hurt me so

なので、なるほど主人公の相手に対する(純真無垢な?)「汚れなき愛」なんだ。なる。って思ったでしょ!?

でも原題は「Tainted Love」、直訳すると「汚れた(・腐った・汚染された)愛」だよね。つまり、相手の俺に対する愛について書いてんだよね…(おめ~が俺にくれる愛はよ~、汚れてんだよ!ってことだね。)

結論:汚れなき愛、深イイ~のか!?そうなのか~?

では「Soft Cell」で「Tainted Love」です!
ちぇけら!!

さてさてさて、どうでしたか?イントロだけで「あ、この曲だ」ってなる、時代を超えて愛される1曲でしたね。

2005年には、スパイス・ガールズやデスティニーズ・チャイルドとはちょっと一線を画したダンスガチ勢グループ、プッシーキャット・ドールズもカバーしましたね。どうですか?

次回、第24弾では今回とはまた別のアーティストをご紹介する予定です。そして第25弾では、今回のマーク・アーモンドが再登場する豪華コラボ回もお楽しみに。

ではまた次回会いましょう。
ばいなら、ばいなら、ばいなら。

歌詞、クレジット

歌詞やクレジットなどに関する情報です。
他にもあったほうがいいなって思う情報があれば随時追加していきます。

歌詞

Soft Cell – Tainted Love | genius.com

クレジット

Tainted Love
 リリース:1981年7月
 作詞作曲:Ed Cobb
 プロデュース:Mike Thorne
 ボーカル:Marc Almond
 キーボード:Dave Ball

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